成人式や結婚式の写真で、畳につきそうなほど長い袂(たもと)を持つ振袖を目にすると、なぜここまで袖を伸ばす必要があるのかと考えたことはないだろうか。普段着る着物の袖はせいぜい49cm前後だが、振袖の袖丈はその倍以上にもなる。しかもこの「振る」という言葉、実は現代の恋愛用語「振った」「振られた」の語源にもなっているという。長い袖が担ってきた役割を、江戸時代の記録までさかのぼって確かめてみる。
万葉の時代、袖を振ることは「魂を鎮める」しぐさだった
現代の私たちが「手を振る」のと同じ感覚で、奈良時代の人々は「袖を振る」仕草を大切な意味を持つ行為として扱っていた。当時の衣服の袖は筒袖で、手よりも長く仕立てられていることが多く、物理的に振ることができる形をしていた。布や袖を振るという行為には呪術的な力が宿ると信じられており、神に仕える女性が長い袖を振って魂を鎮める所作が行われていたとされる。同時に、遠く離れた相手に向けて袖を振ることは、声の届かない距離でも自分の気持ちを伝える手段としても使われていた。万葉集には、旅立つ相手や恋しい人に向けて袖を振る場面を詠んだ歌がいくつも残されており、袖を振るという動作が単なる身振りではなく、魂や感情を運ぶコミュニケーションの手段として受け止められていたことがうかがえる。振袖の「振る」という名前の由来は、この古代からの身体感覚と地続きにあると考えられている。
振袖の始まりは、江戸の武家女性が婚礼で着た衣装
振袖という様式が生まれたのは江戸時代のことで、Wikipediaの振袖の項目によれば、武家階級の女子が婚礼の際に用いた衣装が起源とされる。当時すでに袖の長い「振袖」と、袖を短く仕立てた「留袖」という二つの様式が存在しており、脇の下を縫いふさがずに開けておく「脇明(わきあけ)」と呼ばれる仕立てが振袖の特徴だった。この脇の開口部は、のちに女性や子どもの着物に見られる身八つ口の原型にあたるとされる。つまり振袖は当初から、袖の長さと脇の仕立てという二つの要素によって、通常の着物とは違う特別な一着として区別されていたことになる。婚礼という特別な儀式のための衣装として、袖の長さそのものに晴れの日にふさわしい格を持たせる発想が、すでにこの時点で存在していたと考えられる。
元禄8年の記録が伝える「17歳と19歳」という区切り
振袖がいつまで着るものとされていたかを示す興味深い記録が、江戸中期の元禄文化を代表する作家・井原西鶴の著作に残されている。Wikipediaの振袖の項目によれば、元禄8年(1695年)に記された『西鶴俗つれづれ』には、男子は17歳の春に、女子は結婚しているかどうかにかかわらず19歳の秋に、袖を短くするとともに脇をふさぐという慣習が書き記されているという。ここで注目したいのは、女子が袖を短くする基準が「結婚の有無」ではなく「19歳という年齢」に置かれていた点である。今でこそ振袖は未婚女性の第一礼装というイメージが強いが、少なくとも元禄期の段階では、既婚か未婚かに関係なく、一定の年齢に達した女性は袖を短くするのが習わしだったことになる。振袖はもともと「若さ」を示す衣装であり、「未婚」を示す衣装ではなかったというのが、この記録から読み取れる実態だ。
なぜ振袖は「未婚女性の第一礼装」に変わっていったのか
Wikipediaの振袖の項目が指摘するように、振袖は本来、着用者が結婚しているかどうかではなく、若い女性のための和服として発展してきた衣装だった。ところが時代が下るにつれて、結婚を機に袖を短く仕立て直して留袖や訪問着として着続けるという習慣が広まり、結果として「振袖を着ている女性は結婚していない」という対応関係が社会に定着していったと考えられている。もともとは年齢という基準が緩やかに「結婚を境に袖を短くする」という生活上の節目と重なりやすかったために、いつしか年齢そのものよりも既婚・未婚という基準の方が前面に出るようになったという見方もできる。現在では成人式や結婚式の場で未婚女性が着る第一礼装として定着している振袖だが、その背景には、もともとの「若さの衣装」という性格が、婚姻という別の人生の節目と重なり合いながら形を変えてきた歴史があることになる。
大振袖・中振袖・小振袖 ― 袖丈が刻む格の違い
振袖は袖の長さによって大振袖・中振袖・小振袖という三つの格に分けられている。Wikipediaの振袖の項目によれば、袖丈がおよそ75cm程度のものを小振袖、100cm前後のものを中振袖、108cm以上のものを大振袖と呼び、なかでも鯨尺で2尺7寸(約102cm)から3尺(約113.5cm)程度のものは「本振袖」とも呼ばれるという。成人式や結婚式で第一礼装として選ばれるのは、袖丈の最も長い大振袖であり、袖が長くなるほど格式が高くなるという序列が、この寸法の違いにそのまま表れている。普段着る着物の袖丈がおよそ49cmであることを踏まえると、大振袖の袖はその2倍を優に超える長さになる。一枚の着物のなかで袖の長さだけがこれほど大きく変化するのは、袖という部位が単なる腕を通す筒ではなく、格式そのものを可視化する装置として扱われてきたことの表れだといえる。
「振った」「振られた」という言葉は、着物の袖から生まれた
現代の日本語で恋愛関係の終わりを表す「振った」「振られた」という表現は、着物の袖を振るという所作に由来すると言われている。Wikipediaの振袖の項目によれば、江戸時代には袖を振る向きによって意思表示をする習慣があり、袖を前後に振ると「嫌い」、左右に振ると「好き」という意味を持たせて使われていたという。つまり袖を振るという動作は、万葉の時代から続く感情伝達の手段としての性格を保ちながら、江戸時代には恋愛の駆け引きにおける具体的なサインへと形を変えていったことになる。長い袖を持つ振袖は、この意思表示をより大きく、より遠くまで伝えられる衣装でもあった。今では何気なく使っている「振る」「振られる」という言葉の奥に、何百年も前の袖を振る身振りが息づいていると考えると、振袖という衣装の見え方も少し変わってくるのではないだろうか。
一枚の袖の長さに、鎮魂と求愛と成人という三つの記憶が重なる
万葉の時代には魂を鎮め、感情を運ぶための身振りだった「袖を振る」という行為は、江戸時代に入ると婚礼衣装としての振袖を生み、さらに元禄期の記録が示すように、若さそのものを示す衣装として定着していった。そこに恋愛の駆け引きとしての「振る」「振られる」という言葉が重なり、時代が下るにつれて未婚女性の第一礼装というイメージが強まっていく。今、成人式や結婚式で目にする振袖の長い袖には、こうした幾重にも重なった歴史の記憶が畳み込まれている。袖丈の数センチの違いや、袖を振る向きひとつにまで意味を持たせてきたという事実は、着物という衣装がいかに細部にまで文化的な背景を織り込んできたかを物語っている。もし手元に袖を通さなくなった振袖があり、この先どう向き合うか迷っているなら、次の誰かに袖を振ってもらう機会として、買取に出すことも選択肢のひとつになるだろう。