結婚式の招待状を前に、振袖ではなく訪問着を選ぶべきかどうかで迷った経験はないだろうか。呉服店で「これは付け下げです」と言われても、訪問着との違いがぴんとこないこともある。着物には洋服のドレスコードにあたる「格」という序列があり、生地が染めか織りか、柄の配置、家紋の数といった具体的な要素によって決まっている。この記事を読めば、振袖・留袖・訪問着・付け下げから色無地・小紋・紬まで、それぞれの格を分ける理由がわかり、TPOに応じた一着選びに迷わなくなるはずだ。
着物に「格」があるのはなぜか
洋服にドレスコードがあるように、着物にも「格」と呼ばれる序列がある。これは単なるマナーの押しつけではなく、第一礼装・準礼装・略礼装・普段着という考え方の名残で、生地が染めか織りか、柄が縫い目をまたいでつながっているか、家紋がいくつ入っているかといった技術的な違いが、そのまま格の違いに直結している。だからこそ格を知ることは、着物がどのように作られてきたかを知ることでもある。目安としては、黒留袖や振袖のように格式が最も高いものを第一礼装、色留袖や訪問着を準礼装、付け下げや色無地を略礼装、小紋や紬を普段着に位置づけるとわかりやすい。ここでは振袖から紬まで、格の序列とその理由を順に見ていきたい。
振袖はなぜ未婚女性の第一礼装なのか
振袖の格の高さは、単に華やかだからではない。振袖の起源は江戸時代、子ども用の小袖の脇を開けた「振り八つ口」にあり、もともとは体温調節のための仕立てだったとされる。この振り八つ口のある子ども服の袖が元禄期からしだいに長くなり、江戸後期には現在の大振袖に近い長さまで伸びていった。袖が長くなった理由には諸説あり、Wikipediaの振袖の項目によれば、袖を振る仕草には魂を鎮める「魂振り」の意味が込められていたとする説や、未婚女性が意中の相手への求愛の意思表示として袖を振ったとする説が伝えられている。
江戸中期以降、この長い袖の着物は未婚女性の証として広く定着していったとされる。関所を通る未婚女性には振袖の着用が義務づけられていたという話も一部で語られるが、これは俗説の域を出ず、裏付けとなる史料は確認できていない。現代でも成人式や結婚式に招かれた未婚の親族・友人が着る第一礼装という位置づけは変わっていない。袖丈によって大振袖・中振袖・小振袖と格に差があり、袖が長いほど格が高いとされるのも、この歴史的な経緯と無関係ではない。
留袖は既婚女性だけのものなのか
留袖には黒留袖と色留袖の二種類があり、扱いが異なる。既婚女性の第一礼装としてまず名前が挙がるのは黒留袖のほうだ。黒留袖は地色を黒に限定し、五つの家紋を入れ、模様は腰から下にのみ配された「江戸褄」と呼ばれる構成を取る。Wikipediaの留袖の項目によれば、この江戸褄は化政文化の時代に江戸の芸者の装いとして広まったのが始まりとされ、これが現代の留袖の原型になったという。かつて女性は結婚を機に振袖の長い袖を短く仕立て直し、地味な色柄に落ち着かせる習慣があり、その名残が黒留袖の「上半身は無地で控えめ」という様式に表れている。結婚式で新郎新婦の母親や、ごく近い既婚の親族が着る、いわば主催者側の礼装である。
一方の色留袖は、黒以外の地色に模様を置いたもので、家紋の数によって格が上下する点が黒留袖と大きく違う。五つ紋を入れれば黒留袖と同格の第一礼装として扱われ、三つ紋・一つ紋になると準礼装へと格が下がる。そして色留袖は既婚・未婚を問わず着られる。振袖ほど若さを強調したくない未婚女性が、結婚式で色留袖を選ぶことも珍しくない。「留袖は既婚者だけのもの」という理解が当てはまるのは黒留袖だけで、色留袖には及ばない。
訪問着と付け下げは、どこで見分ければいいのか
訪問着と付け下げ、そして色留袖は、ぱっと見の華やかさだけでは区別しにくいことがある。手がかりになるのは、柄がどう配置されているかという技術的な違いだ。訪問着は白生地をいったん着物の形に仮縫いしてから下絵を描き、それをほどいて反物の状態で染め上げる。そのため肩や袖、衽、身頃の縫い目をまたいで模様が一枚の絵のようにつながる「絵羽模様」になる。色留袖もこの絵羽の技法を使うが、模様が腰から下だけに限られる点が訪問着との違いになる。
対して付け下げは、反物のまま柄の向きだけをそろえて染めたもので、縫い合わせても模様が縫い目で完全にはつながらない。Wikipediaの付け下げの項目によれば、この技法が生まれたのは大正から昭和初期にかけてで、女性の社会進出に伴う外出着の需要の高まりを背景に、訪問着ほど格式張らず小紋よりは上質な着物として考案されたのが始まりとされる。さらに太平洋戦争中には絵羽模様の訪問着が贅沢品として規制の対象になったため、より簡素に見える付け下げが代用品として広まり、格を保ちながら世相に合う着物として定着した経緯がある。現在では訪問着に迫るほど柄を大胆に配置した「付け下げ訪問着」も存在し、仕立て上がりの見た目だけで両者を見分けるのが難しいこともある。呉服店で確認する際は、反物の状態、つまり仮絵羽になっているかどうかを尋ねるのが確実だ。TPOとしては、訪問着が結婚式の披露宴から子どもの入学式・卒業式まで幅広く対応するのに対し、付け下げは食事会や観劇など、やや格式を抑えた場に向く。
色無地の格を決めているのは何か
色無地は黒以外の一色で染めた着物で、地紋と呼ばれる織り柄が生地にごく控えめに入っていることが多い。この着物のおもしろさは、家紋の有無と数だけで格が大きく変わる点にある。五つ紋を入れれば黒留袖に準ずる第一礼装、三つ紋・一つ紋なら準礼装から略礼装、紋を入れなければ洒落着として気軽に楽しめる。慶事だけでなく、地味な色を選んで一つ紋を入れれば法事など弔事にも対応できる、数少ない着物でもある。一枚で慶弔どちらにも備えられる汎用性の高さから、最初に誂えるなら色無地から、と勧める呉服店が多いのもうなずける。帯や小物の合わせ方次第で華やかにも控えめにもなり、茶道や観劇のような趣味の場から入学式・卒業式まで、一枚で幅広い場面に着回せる懐の深さも色無地ならではの魅力だ。
小紋の格は、なぜ訪問着より一段低いのか
小紋は型紙を使って生地全体に同じ柄を繰り返し染めたもので、柄の向きが上下左右そろっていない、全体に散らしたものが多い。この「柄に上下の向きがない」という点が、絵羽模様を持つ訪問着や付け下げとの決定的な違いであり、格が一段下がる理由になっている。基本的には友人との食事や観劇、街歩きといったカジュアルな装いに位置づけられるが、鮫小紋・角通し・行儀といった江戸小紋三役と呼ばれる細かい柄に一つ紋を入れた場合に限っては、色無地に近い格として扱われることがある。同じ「小紋」という名前でも、柄や紋の有無によって立ち位置が変わりうることは覚えておきたい。帯を格の高い袋帯に替え、小物を控えめにまとめれば、気軽な茶席や同窓会など、普段よりワンランク上のカジュアルな場にも対応しやすくなる。
紬はなぜ、どれほど高価でも礼装になれないのか
紬は先に糸を染めてから織り上げる「先染め」の着物で、小紋や色無地のように後から白生地を染める「後染め」の着物とは、そもそも製法の出発点が違う。もともとは農閑期の副業や、屑繭からとった節のある糸を無駄にせず活用する目的で作られたとされ、いわば労働着・普段着としての成り立ちを持つ。Wikipediaの紬の項目でも、紬はもともと野良着であったことから絹製であっても正装には用いないものとされてきたと説明されており、大島紬や結城紬のようにどれほど手間がかかり高値で取引される紬であっても、原則として結婚式や茶事など礼装が必要な場では着用できない。紬の格の低さは値段の高さとは無関係で、あくまで「織りか染めか」という製法の違いによって決まっている。友人同士の食事や趣味の集まり、日常のお出かけには最適な、着物ならではの風合いを楽しめる装いである。
まとめ:格を見分ける三つの物差し
振袖から紬まで、格の違いは生地が染めか織りか、柄が縫い目をまたいでつながっているか、家紋がいくつ入っているかという、目に見える要素の積み重ねで決まっている。逆に言えば、この三点さえ押さえておけば、初めて見る着物でもおおよその格を見当づけられるようになる。実家や親族から譲り受けた着物がどの格にあたるのか判断に迷ったときは、まずこうした基本を思い出してみてほしい。手放すかどうか迷っているなら、その前に着物買取の相場だけでも調べてみてはどうだろうか。