祖母が亡くなったあと、たんすの奥から出てきた着物を前に、袖を通すこともできず、かといって手放す決心もつかないまま何年も置きっぱなしにしている。そんな一枚を抱えている人は、思いのほか多い。裄が短くて着られない、シミが浮いている、柄は好きだけれど自分の生活には合わない、理由はさまざまでも、とりあえずしまっておく以外の答えを持てずにいる点は共通している。実はサイズが合わない着物にも、お直し、洗い張り、リメイク、供養という段階的な選択肢があり、着物の状態と自分の思い入れの強さによって進むべき道は変わってくる。この記事では、その一枚とどう向き合えばいいのか、判断の道筋を順に示していく。

譲り受けた着物を前にして、最初に立ち止まるべきこと

母や祖母のたんすを整理していたら、大切にしまわれた着物が何枚も出てきた、という経験を持つ人は少なくない。振袖や訪問着はもちろん、普段着だった小紋や紬まで、几帳面にたとう紙に包まれ、防虫剤とともに眠っていることも多い。ところが袖を通してみると、裄が短く手首が出てしまう、身幅が合わずおはしょりが決まらない、というケースがほとんどだ。これは今の人が昔より体格が良くなったから起きる、ごく自然なことで、恥じることではない。問題は、サイズが合わないと分かった瞬間に「着られない、つまり処分するしかない」と結論を急ぐことにある。着物には、お直し、洗い張り、リメイク、そして供養という、段階を追って検討できる複数の選択肢があり、どれを選ぶかは着物の状態と、自分がどれだけ思い入れを持っているかによって変わってくる。まずはこの選択肢の全体像を知ることが、譲り受けた着物と向き合う最初の一歩になる。

サイズが合わないなら、まず縫い代を確かめる

着物のサイズ直しでまず検討されるのが、裄(ゆき)直しと身幅直しである。裄は背中心から袖口までの長さ、身幅は胴回りの寸法を指し、どちらも仕立て直しの中では比較的よく行われる調整だ。ただしここには、洋服のサイズ直しとは根本的に違う制約がある。それが「縫い代」、和裁でいう「縫い込み」の量だ。

洋服は幅110〜150センチほどもある広い生地から、パターンに沿って必要な形を自由に裁断して作られる。一方の着物は、並幅の反物は幅36〜38センチほどしかなく、その細い反物を直線的に裁っただけの状態でそのまま縫い合わせて仕立てる。裁ち落とした端材をほとんど出さず、余った分は切り捨てずに身頃や袖の内側に折り込んで縫い代として仕舞い込んでおくのが和裁の基本的な考え方だ。つまり仕立て上がった着物の内側には、仕立てた時点で使いきらなかった生地が、縫い代としてそのまま眠っていることになる。

だから裄や身幅を出したいとき、まず解いて確認するのはこの縫い代の量になる。縫い代がたっぷり残っていれば、それを解いて広げるだけで寸法を出せる。逆に、仕立てた当時ぎりぎりの寸法で縫い代を切り詰めてあった着物や、すでに一度お直しをして縫い代を使い切ってしまった着物は、それ以上生地を足す余地がなく、別布を継ぎ足す「布接ぎ」という方法に頼らざるを得ない。同じ「裄直し」という言葉でも、その着物がどれだけの縫い代を残して仕立てられたかによって、できることとできないことが大きく変わってくるわけだ。これは仕立てた時期や仕立てた人の判断に左右される部分でもあり、実際に着物を解いて縫い代を確認してみるまでは、正確な可否は分からないことも多い。

汚れやシミが目立つなら、洗い張りという選択がある

大幅に寸法を変えたい場合や、長年の保管でシミ・黄ばみ・カビが目立つ場合に選ばれるのが「洗い張り」である。Wikipediaの洗張の項目にもある通り、洗い張りは着物をいったん解いて反物の状態に戻してから洗う、という和装ならではのクリーニング方法だ。具体的には、袖や身頃、衽といったパーツごとにすべての縫い糸を解き、端と端を縫い合わせてもとの一枚の反物に近い形に戻したうえで、専用の溶剤による洗浄と水洗いを行い、丸洗い(着物の形のまま行うクリーニング)では落としきれない皮脂汚れや黄ばみ、胴裏にこもったカビの臭いまで洗い流す。洗浄後は生地に糊を引いて幅や風合いを整える「湯のし」という工程を経て、あらためて反物の状態に仕上げられる。

この「一度反物に戻す」という発想こそが、洗い張りの本質だ。反物の状態まで戻せば、縫い代の取り方を最初から選び直せるようになるため、単なる汚れ落としを超えて、寸法を大きく変えたいときや、裏地・八掛の色を替えて雰囲気を一新したいときにも活用される。親から譲り受けた着物を子や孫の代でもう一度着るために、洗い張りをしてから仕立て直す、というのは昔からよく行われてきた手当てで、譲り受けた着物を「今の自分の寸法で着る」ための、もっとも本格的な選択肢だといえる。

仕立て直しが難しいなら、リメイクで生かす道もある

生地の傷みが進んでいたり、シミや変色が広範囲に及んでいたりすると、洗い張りをしても着物としてもう一度仕立て直すのは現実的でないことがある。そうした着物に対しては、着るための仕立て直しではなく、別のものに作り替える「リメイク」という選択肢がある。

実際の事例としては、小紋や紬など普段使いの着物地から作られるトートバッグやポシェット、留袖や喪服とその帯から仕立てられる利休バッグのような格のある和装バッグ、さらに端切れを活かした名刺入れやコースターといった小物まで幅が広い。洋服への仕立て替えも行われており、羽織や訪問着の生地をジャケットやワンピースに縫い直す例もある。着物は先述のとおり直線裁ちで作られているため、解けば一枚の布として広い面積を取り出しやすく、この点は逆にリメイクとの相性の良さにもつながっている。柄や織りが気に入っていて、サイズの問題さえなければ手元に残しておきたい、という着物には、こうした形を変えて活かす道も検討する価値がある。

それでも手放すなら、供養という区切り方がある

お直しもリメイクも難しく、かといってそのままゴミとして処分するのは気が引ける、という着物も出てくる。そうしたときの選択肢として、古くから「着物供養」という風習がある。これは、思い入れのある人形をそのまま捨てずに神社やお寺に納めて供養してもらう「人形供養」とほぼ同じ考え方に基づいている。長年身につけたり、大切に使い込んだりしたモノには魂や思いが宿るという民俗的な感覚は、人形に限らず、日常の道具にも向けられてきた。裁縫で酷使した針をこんにゃくや豆腐に刺して労う「針供養」が全国の寺社で今も続けられているのも、同じ発想の延長線上にある行事だ。物を最後まで大切に扱い、感謝とともに手放すという振る舞いが、日本の暮らしの中に文化として根付いてきたことの表れだといえる。

着物供養を実際に行っている場所としては、京都市山科の笠原寺が毎年5月29日に「着物供養祭」を営んでいるほか、佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社では郵送での着物のお焚き上げを受け付けており、遠方からでも祈祷とお焚き上げを依頼できる。形見の着物や、誰が袖を通したものかも分からなくなった古い着物を前に、処分するかどうかで気持ちの整理がつかないときは、こうした供養という形で区切りをつける方法があることを知っておくと、選択肢が一つ増える。

まとめ:縫い代を見てから決めればいい

譲り受けた着物にどう向き合うかは、実物を見ないうちから決めてしまわない方がいい。まず解いて縫い代がどれだけ残っているかを確認し、裄直し・身幅直しで対応できるのか、洗い張りをして寸法から仕立て直すべきなのか、それとも仕立て直しには生地の状態が向かないのかを見極める。仕立て直しが難しければリメイクという形で活かす道があり、それも難しければ供養という形で感謝とともに区切りをつける道もある。どの選択肢を取るにしても、着物一枚ごとに事情が違う以上、まずは専門の悉皆屋や呉服店に相談し、実際に生地の状態を診てもらうところから始めるのが結局は近道になる。着物として活かす道を探るか、それとも手放して次の形に託すか——後者を選ぶなら、着物買取という選択肢も検討先の一つに加えてみてほしい。