大島紬の泥染めは、テーチ木の染液と泥田を、色の濃さに応じて何十回も往復させてようやく完成すると言われる。西陣織の帯なら、図案づくりから織り上げるまでの工程はおよそ十五、それぞれを違う職人が担う。「高級だから高い」という説明は間違ってはいないが、具体的に何がどれだけの手間をかけているのかまでは案外知られていない。西陣織・京友禅・加賀友禅・大島紬・結城紬という五つの産地と技法を、工程の数、分業か一貫制作か、一人前になるまでの年月、そして今の生産量という四つの物差しで比べてみると、値段の理由がはっきり見えてくる。
産地ごとの技法の違いが、価格の差になる
着物には格の違いがあるように、産地によっても使われる技法や工程がまったく異なり、それがそのまま価格の差に直結している。西陣織は帯の代名詞として、京友禅・加賀友禅は染めの二大産地として、大島紬・結城紬は織りの着物の代表格として名前だけはよく知られているが、なぜそれらが高価とされるのかとなると、案外あいまいなまま「高級だから」で片づけられていることが多い。同じ「伝統工芸」とひとくくりにされがちな五つの産地でも、白生地に絵を描くように色を挿していく染めの仕事と、糸そのものを染め分けてから織り上げる織りの仕事とでは、手間のかけ方も職人の分業の仕方もまるで違う。以下では産地ごとに工程をたどりながら、その違いがどう値段に跳ね返っているのかを見ていきたい。
西陣織:分業が支える多品種少量生産
西陣織は京都・西陣一帯で織られる先染めの織物の総称で、帯地として広く知られている。先染めとは、白い生地を織り上げてから模様を染めるのではなく、あらかじめ糸そのものを何色にも染め分けてから織り込んでいく製法のことで、糸の段階で色や質感を作り込むぶん、複雑な紋様を布の表面だけでなく内部にまで織り込むことができる。西陣織の代表的な製織工程は、図案づくりから紋意匠図の作成、糸染め、整経、綜絖、そして実際に織る工程まで十五ほどに分けられ、しかもこの工程は西陣という地域の中でそれぞれ別の専門業者が担う分業制で成り立っている。京都府の資料でも、西陣織は多品種少量生産を基盤とした高度に分業化された先染めの紋織物と説明されている。分業が定着したのは効率化のためというよりも、複雑な紋織物を安定した品質で織り上げるには、一つひとつの工程で専門性を深めるほうが結局は確実だったからだとされる。
さらに西陣織は、もともと公家や寺社、茶道具商などからの特注に応じてきた歴史を持ち、今も基本は注文に応じて柄や色を変える多品種少量生産が根幹にある。同じ柄を大量に織り続ける量産型の織物とは発想が逆で、一つの柄のために紋紙を起こし、糸を染め分け、織機を調整するところから始める以上、大量に作って単価を下げるという発想自体が成り立ちにくい。この「注文のたびに一からやり直す」仕組みこそが、西陣織の価格を押し上げている大きな理由になっている。
京友禅と加賀友禅:同じ「友禅」でも逆向きのぼかし
京友禅と加賀友禅、そしてこのあと見ていく大島紬や結城紬を理解するうえで、まず押さえておきたい大前提がある。友禅は白生地の上に絵を描くように模様を染めていく染めの技法の総称であり、大島紬や結城紬のような紬は、先に糸を染めてから織り上げる織りの着物である。染めの着物である友禅は絵画的な模様表現に長け、織りの着物である紬は糸そのものの表情や丈夫さで勝負する、という住み分けを踏まえたうえで、まずは同じ「友禅」でありながら仕上がりの表情が対照的な京友禅と加賀友禅から見ていこう。京友禅は、白生地の上に青花で下絵を描き、その線に沿ってゴム糊を細く絞り出して模様の輪郭を防染する、京都友禅協同組合が技法として紹介している「糸目」を土台に、刷毛や筆で色を挿していく。京都手描友禅協同組合が示す工程表によれば、手描き京友禅は染匠による企画から下絵、糊置き、引染め、蒸し、水元、挿友禅、金彩や刺繍による加飾に至るまで十六の工程を経て仕上がり、多くの場合それぞれの工程を専門の職人が担う完全分業制で作られる。絞りなど手間のかかる加工を加えれば、一反の完成までに一年近くかかることも珍しくない。量産に向く型友禅は、模様ごとに彫った型紙を生地に当てて糊や染料を摺り込んでいく技法で、一人の職人が数十枚の型紙を使い分けながら模様を完成させていく。
一方、石川県金沢で発展した加賀友禅は、臙脂・藍・黄土・草・古代紫の五色を基調とする「加賀五彩」を土台に、そこから作家ごとに無数の中間色を作り出しながら写実的な草花模様を描き出す。京友禅のぼかしが模様の内側から外側に向かって色を淡くしていくのに対し、加賀友禅は輪郭の外側から内側に向かって色を淡くしていく「外ぼかし」を基本とする点が大きな違いで、これによって花びらや葉に自然な立体感が生まれる。虫に食べられた葉の跡をあえて模様に描き込む「虫食い」も加賀友禅特有の表現で、自然のありのままの姿を尊ぶ土地の美意識を映した図案とされている。京友禅が分業による総合芸術であるのに対し、加賀友禅は下絵から彩色までを一人の作家が手がける一貫制作が主流という制作体制の違いも、それぞれの個性を形づくっている部分だ。
大島紬:泥染めと締機が生む軽さと丈夫さ
鹿児島県奄美大島で作られる本場大島紬は、絹百パーセントの糸を先染めし、平織りに織り上げる紬の代表格である。特徴的なのは、模様を生み出すための独自の絣づくりだ。本場大島紬織物協同組合の解説によれば、あらかじめ木綿糸で絹糸をきつく織り込んでおく「締機」という専用の織機にかけ、染色の際にこの木綿糸で覆われた部分だけを染料から守る。染め上がったあとに木綿糸をほどくと、絹糸には防染された小さな白い点が規則正しく並び、それを織り重ねることで精緻な絣模様が浮かび上がってくる仕組みだ。
黒褐色の染めを担うのが、奄美特産の車輪梅(テーチ木)を煮出した染液と、鉄分を含む泥田を使う泥染めである。テーチ木の煮汁に含まれるタンニンと、泥に含まれる鉄分が化学反応を起こすことで独特の黒色が定着する仕組みで、深い色合いを出すためにテーチ木染めと泥染めを合わせた工程を、職人や染めの濃さによって差はあるものの何十回にもわたって繰り返すとされる。よく「大島紬は軽くて丈夫」と言われるが、これは単なる評判ではなく製法に裏づけられた事実で、極めて細い絹糸を使うため一反の重さは驚くほど軽い一方、テーチ木と泥による染色を何十回も重ねる過程で糸の周りに染料の層が幾重にも重なり、糸自体が擦れに強くなっていく。軽さと丈夫さが両立するのは、糸を細く仕立てながらも表面をコーティングのように補強していく、この染めの重ね方によるところが大きい。図案づくりから絣合わせ、織りまで含めるとおよそ三十近い工程を経て、一反が仕上がるまでにはおよそ一年を要する。
結城紬:手つむぎの糸とユネスコが認めた技術
文化庁の文化遺産オンラインによれば、茨城県結城市を中心に作られる本場結城紬は、1956年に国の重要無形文化財に指定され、2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された、日本の絹織物としては唯一の存在である。指定の条件になっているのは「糸つむぎ」「絣くくり」「地機織り」という三つの伝統技法で、この三つをすべて手作業で行ったものだけが本場結城紬と呼ばれる。
糸つむぎは、繭を煮て引き伸ばした真綿から、指先だけで少しずつ繊維を引き出し、よりをかけずに糸にしていく作業で、機械紡績のような均一な糸にはならない代わりに、空気を含んだ独特のふくらみとしなやかさが生まれる。熟練した手つむぎの糸は誰にでもすぐに作れるものではなく、指先の感覚だけを頼りにする作業だけに、一人前と呼べる技術を身につけるまでには長い年月がかかるといわれる。模様をつくる絣くくりも同様に、糸を一本ずつ手作業でくくって防染する方法で、機械によるくくりと違い、柄の境目に独特のにじみが出るのが特徴だ。織りに使う地機は、経糸の張り具合を織り手が自分の腰の力加減で調整しながら織り進める古い形式の織機で、一日に織り進められる長さはごくわずかにとどまる。かつては年間三万反近くが織られていたとされるが、手間のかかる技術を受け継ぐ職人自体が減っていることもあり、現在の生産量はそこから大きく落ち込んでいるといわれる。この希少性が、価格を押し上げる要因の一つにもなっている。
工程の数がそのまま値段になる、という物差し
ここまで見てきた四つの産地に共通するのは、工程の数が多く、それぞれの工程に専門の技術が求められ、しかも一人前になるまでに何年もの修行を要し、結果として一つの品を仕上げるのに長い時間がかかるという構造だ。工業製品であれば量産することで単価を下げられるが、紋紙を一からおこす西陣織も、糸目を一本ずつ引く京友禅も、糸を一本ずつ手でつむぐ結城紬も、量を増やしたところで一つあたりの手間はまったく減らない。むしろ職人の高齢化や後継者不足によって作り手そのものが減っている産地も多く、希少性という意味でも価格は上がる方向にしか働きにくい。値札の高さの裏には、何十という工程と、それを支えてきた職人の年月が積み重なっている。手元にある帯や着物がどの産地・技法のものか分かるなら、着物買取の査定を依頼する際にそれを伝えるだけでも、価値を正しく見てもらう近道になる。長年しまい込んだままの一枚があるなら、値段のつく理由を知ったうえで、一度査定に出してみてはどうだろうか。