成人式の振袖や結婚式の留袖を仕立てるとき、店員から「これは吉祥文様なので慶事向きの柄です」と説明され、柄には格や向き不向きがあると初めて知った、という人は少なくない。着物の文様は単なる装飾ではなく、平安貴族の装束から続くもの、シルクロードを経て奈良にたどり着いたもの、江戸の歌舞伎役者が流行らせたものなど、生まれた背景がまったく異なるいくつかの系統に分かれている。麻の葉がなぜ六角形なのか、青海波という名前はどこから来たのか。柄の成り立ちを知っておくと、次に着物や帯を選ぶときの目のつけどころが変わってくる。
文様は「誰が」「いつ」生み出したかで系統が分かれる
着物の文様を見分けるときにまず押さえておきたいのが、その文様が歴史のどの段階で生まれたかという軸だ。大きく分けると、平安時代に公家社会の装束や調度品の装飾として定められた「有職文様」、奈良時代に中国大陸やシルクロードを経て伝わった意匠がもとになっている「正倉院文様」、そして江戸時代以降に庶民の間で願掛けや洒落として広まった「吉祥文様」「江戸文様」という、大きく三つの系統がある。同じ「格の高い柄」と言っても、公家社会の儀礼から生まれたものと、仏教的な吉祥の意味を背負ったものとでは、格の根拠がまったく違う。この違いを知らないまま「なんとなく上品そうな柄」で選ぶのと、由来を踏まえて選ぶのとでは、着物を纏う気持ちの入り方も変わってくる。以下では、この三つの系統をそれぞれ具体的な柄とともに見ていきたい。
有職文様――公家の装束から千年続く「格」の文様
有職文様とは、朝廷や公家が儀式や行事を執り行う際の決まりごとに基づいて生まれた文様の総称で、平安貴族の正装である束帯や十二単をはじめ、御簾や牛車、調度品の装飾にまで広く使われてきた。代表的な柄には、雲や花を波形の曲線に配した「立涌」、冬葵の葉を図案化した「小葵」、円の中に花や蝶をあしらった「臥蝶丸」などがあり、なかには日本発祥とされる「朽木形」のような柄もある。政府広報オンラインの解説によれば、こうした文様は千年以上にわたって受け継がれ、現代でも礼装用の帯や格の高い着物に多く用いられている。有職文様が「格が高い」とされる根拠は、美しさそのものというより、公家社会という当時もっとも格式を重んじた場で定められ、使う場面や身分まで細かく決められていたという成立事情にある。
正倉院文様――シルクロードの終着点、奈良に眠る意匠
正倉院は、756年に光明皇后が夫である聖武天皇の遺品を東大寺に納めたことに始まる宝物庫で、現在は宮内庁が管理し、約9000点にのぼる奈良時代の宝物を伝えている。この正倉院の染織品に見られる文様が「正倉院文様」で、日本最古の古典文様のひとつに数えられる。想像上の花を描いた「宝相華文」、鳥が花や小枝をくわえる場面を表した「花喰鳥文」、ぶどうの蔓を主軸にした「葡萄唐草文」、馬上の人物が獣を射る様子を描いた「狩猟文」など、いずれも中国大陸やペルシアなど大陸文化の影響を色濃く残している。実際、正倉院にはペルシア製のガラス器に中国の意匠を組み合わせた品も伝わっており、当時の日本がシルクロードの東の終着点として国際的な文物を受け入れていたことがうかがえる。奈良の一つの宝物庫に、地中海沿岸からインド、中国を経てきた意匠がまとめて残っているという事実自体が、天平文化がどれほど国際色豊かだったかを物語っている。こうした由来を持つ文様は、成立からすでに1200年以上を経てなお、現在も訪問着や袋帯、黒留袖など格式の高い装いに用いられている。
吉祥文様――庶民が柄に託した長寿と繁栄の願い
江戸時代に入り着物文化が庶民にも広がると、公家の格式とは別に、縁起の良さを願う「吉祥文様」が数多く生まれた。松は常緑で冬も枯れないこと、竹はまっすぐにしなやかに伸びること、梅は寒さの中でも花を咲かせることから、この三つをまとめた「松竹梅」は生命力と長寿の象徴として好まれてきた。鶴と亀を組み合わせた文様も同様に長寿を願う柄として定着している。仏教の教えにある七つの宝にちなむとされる「七宝」は、輪をつなげた連続文様で、円満や子孫繁栄の願いが込められている。子供の産着に定番の麻の葉文様も吉祥文様の一種で、Wikipediaの解説によれば正六角形を基調にした幾何学文様で、麻がまっすぐ丈夫に育つことにあやかり、健やかな成長を願って着物や産着に取り入れられてきた。
江戸の街から広まった「粋」のデザイン――市松と青海波
吉祥の意味を背負わない、純粋にデザインとして流行した文様もある。碁盤の目のように二色の正方形を交互に並べた柄は、もともと「石畳文」と呼ばれ、平安時代には「霰」という名で有職文様のひとつにも数えられていたが、江戸時代の歌舞伎役者・佐野川市松がこの柄の袴を舞台で身につけたことをきっかけに江戸中で大流行し、以来「市松模様」と呼ばれるようになった。Wikipediaの記述にもある通り、浮世絵師たちがこぞって市松を描いたことも流行を後押ししたという。波頭を扇形の弧で幾何学的に表した青海波も、もとは雅楽の演目「青海波」の衣装に用いられた柄が名前の由来とされ、Wikipediaの青海波の項目によれば江戸中期に塗師の青海勘七が特殊な刷毛を用いて描いたことで広く流布したという。どちらも由来をたどれば公家や宮廷に行き着くが、江戸の町人文化のなかで再解釈され、庶民の間に定着した点が共通している。
系統を知ってから柄を選ぶと、着る場面が見えてくる
文様の系統がわかると、着物や帯を選ぶときの判断材料が一つ増える。有職文様や正倉院文様を使った柄は、公家社会や宮廷文化という格式ある背景を持つため、訪問着や礼装用の帯など、あらたまった場にふさわしい。松竹梅や七宝、麻の葉といった吉祥文様は、慶事全般に幅広く使え、意味を知っていれば贈り物や祝いの席での話題にもなる。一方、市松や青海波のように江戸の町人文化から広まった柄は、由来としては格が高くても、現在ではカジュアルな装いにも合わせやすい柄として親しまれている。呉服店や悉皆屋で「この柄はどんな場面に向いていますか」と尋ねる際も、文様の系統を知っていれば会話がぐっと具体的になる。手元にある着物の柄をあらためて眺め、どの系統に属するのかを考えてみると、これまで気づかなかった格や由来が見えてくることもあるはずだ。柄は気に入っているものの、格に見合う着る機会がどうしても作れないという着物があれば、着物買取という窓口を通じて次の持ち主へ託すことも一つの選択肢になる。