着物にはボタンもファスナーもなく、極端に言えば一枚の布を体に巻きつけているだけの構造だ。それなのに、丈夫なミシン縫いではなくあえて手縫いで仕立てられ、糸を数本抜くだけで一枚の反物にまで戻せてしまう。この一見不思議な仕組みは、単なる伝統や様式美ではなく、布を無駄にしない裁ち方や、何十年も先の仕立て直しまで見込んだ縫い方という、和裁ならではの設計思想に基づいている。着物がどんな考え方で作られているかを知ると、柄や格式とはまた違う角度から、一枚との付き合い方が見えてくるはずだ。

着物はなぜ「型紙」を必要としないのか

洋服の型紙は、体の曲線に沿うように緩やかなカーブやダーツを描いて作られる。生地を曲線で裁つと余りの部分がどうしても出るため、パターンの配置には無駄が伴う。一方、着物の各パーツ――身頃、袖、衽(おくみ)、衿――は、すべて長方形かそれに近い形に裁たれる。Wikipediaの和裁の項目によれば、パーツがすべて長方形であるために型紙を使う必要がなく、反物の両端にあたる「耳」(織り目がほつれない部分)をそのまま生かせるため、布端の始末をする範囲も少なくて済むという。曲線を裁つ洋裁とは違い、直線だけを裁ち進めればよいこの方式は、限られた一反の反物から布をほとんど余らせずに着物一枚分を取り切るための、きわめて合理的な工夫でもある。

裄丈・身丈・剣先――部位の名前は、採寸の記録でもある

着物の各部位には、独特の名前がついている。背中心から袖口までの長さを指す「裄丈(ゆきたけ)」、肩山から裾までの上下方向の長さを表す「身丈(みたけ)」、そして衽の一番上、剣のように尖った部分を指す「剣先(けんさき)」――これらの名称は単なる部位の呼び名ではなく、そのまま採寸の基準点になっている。洋服のようにウエストやバストといった体の凹凸を測るのではなく、着物は肩や背中心を起点に「まっすぐな長さ」を測っていく。この採寸方法自体が、直線的に裁つという仕立ての前提と表裏一体になっているわけだ。Wikipediaの小袖の項目によれば、着物の原型とされる小袖は「身頃は二幅、袖は一幅の詰袖」という平面構成をもつ衣服で、類似の衣服は奈良時代にはすでに存在していたという。室町時代中期からは男女を問わず表着として着られるようになり、この基本構造がそのまま現代の着物へと受け継がれてきた。

「ほどくために縫う」という逆転の発想

仕立てのもうひとつの要は、縫い方そのものにある。着物の縫製が基本的に手縫いで行われるのは、単に伝統を守るためではない。Wikipediaの和裁の項目には、着物の直線縫いは「ほどくことを前提」に施されると説明されている。ミシンで縫うと糸を高速で密に絡めるため丈夫にはなるが、いざほどこうとすると縫い目に沿って布が傷んだり、針穴の跡が生地に残ってしまう。手縫いであれば糸を一本ずつ丁寧に抜き取ることができ、生地にほとんど負担をかけずに一枚の反物へと戻すことができる。この「戻せる」性質があるからこそ、汚れがひどくなった着物を一度すべて解いて反物の状態にし、専用の溶剤と水洗いで丸洗いでは落ちない皮脂汚れや黄ばみまで洗い流す「洗い張り」というクリーニング方法も成り立っている。仕立てる段階から、将来ほどいて手入れをする未来までを織り込んでおくという発想は、着たら終わりではない衣服のあり方を示している。

汚れや傷みは、繰り回しで見えなくすることができる

仕立て直しの現場では、「繰り回し」と呼ばれる技法も使われる。Wikipediaの和裁の項目によれば、これは傷んだり取れない汚れのついたパーツの向きを変えて表から見えないようにしたり、目立たない部分のパーツと入れ替えたりする技法を指す。たとえば裾に汚れが集中している場合、その部分を袖や衿など目立ちにくい位置に配置し直すことで、生地を無駄にせず着物としての寿命を延ばすことができる。加えて、仕立てた時点で使い切らなかった生地は縫い代として身頃や袖の内側に折り込まれているため、その縫い代の幅を出し入れするだけで、体格の変化やお直しの必要に応じて寸法を調整することもできる。一枚の着物が親から子へ、子から孫へと受け継がれていく背景には、こうした「直して使い続ける」ことを前提にした構造上の工夫が存在している。

反物の幅と長さは、用途ごとに決まっている

反物のサイズにも、用途に応じた規格がある。Wikipediaの和裁の項目によれば、女性用の長着に仕立てる反物は、幅が約36センチの「並幅」で、長さは12メートルほどが標準とされる。これは大人一人分の身頃・袖・衽・衿をすべて直線で裁ち出せるよう逆算された寸法だ。一方、羽織用の反物は「羽尺」と呼ばれ4メートルほどとやや短く、布団の側生地に使う反物になると幅は72センチほど、長さは26メートルほどにもなる。同じ「反物」という言葉でも、何に仕立てるかによって幅と長さの規格がまったく異なるわけで、この規格を前提に、生地を余らせず使い切るための直線裁断が組み立てられている。着物一枚を仕立てるということは、こうした規格化された布から、無駄なく必要な長さを割り出していく計算でもある。

鯨尺――鯨のひげが今も着物の単位であり続ける理由

和裁の現場で使われる物差しには、「鯨尺(くじらじゃく)」という独特の単位が今も生きている。Wikipediaの尺の項目によれば、鯨尺という名称は、しなやかな鯨のひげを使って物差しを作っていたことに由来するとされ、その起源は大宝律令以前から使われていた高麗尺に由来するという説や、室町時代に作られたとする説などがあり、はっきりしない部分も多いという。長さの単位としては、大工道具などで使われる「曲尺(かねじゃく)」の1.25倍にあたり、鯨尺の1尺は約37.9センチ、1寸は約3.8センチに相当する。この単位は明治24年(1891年)の度量衡法で「布帛を計量するときに限り用いることができる」と定められ、和裁の世界に公式に組み込まれた。その後、1958年制定の計量法によって尺貫法は計量単位として廃止され、1966年からは商取引での使用も禁止されたが、和裁の寸法出しの現場では今なお鯨尺で採寸されることが一般的だ。メートル法が定着した社会の中で、仕立ての世界にだけ古くからの単位が息づいているのは、それだけ和裁という技術が独自の体系として受け継がれてきたことの表れともいえる。

直線の布に、仕立て直しという未来を仕込む

着物が直線裁断で作られているのは、単に昔ながらのやり方を守っているからではない。反物という規格化された布を無駄なく使い切り、汚れや体格の変化に応じて何度でも仕立て直せるようにするための、理にかなった設計だといえる。こうした仕立ての技術は今も評価の対象になっており、和服の仕立てや修理という分野の職人技は、厚生労働省の卓越した技能者表彰(現代の名工)の対象にもなってきた。手元にある一枚が、なぜこの形で縫われているのかを知ると、次にたとう紙を開くときの見方も変わってくるはずだ。もし仕立て直しても着る機会が見込めない一枚があるなら、その布に刻まれた仕立ての価値を見極めてくれる着物買取という窓口を、選択肢の一つに加えてみてもいいだろう。