友禅の訪問着も、絞りの浴衣も、型染めの江戸小紋も、生地に色をのせているという点では同じに見える。ところがどの技法も、模様の輪郭は驚くほどくっきりと染め分けられていて、色同士がにじんで混ざり合うことはほとんどない。実はこの仕組みには、染めたくない部分をあらかじめ何かで覆ってしまうという、拍子抜けするほどシンプルな発想が共通して隠れている。絞り染め・型染め・ろうけつ染め・友禅染めという代表的な四つの技法を、それぞれが生地の何を、何で守っているかという視点でたどってみたい。

色がにじまない理由は、四つの技法に共通する「防染」にある

着物の染めに使われる染料の多くは、生地を染料の入った液に浸す「浸染」という方法で色を入れる。放っておけば染料は繊維の隅々まで染み込んでしまうため、模様として色を染め分けたいなら、染めたくない部分にあらかじめ染料が入り込めない状態を作っておく必要がある。この、染料をはじく処理をあらかじめ施しておく技法を、染色の世界では「防染」と呼ぶ。友禅染めは米を原料にした糊を、絞り染めは糸でくくった括りを、型染めは型紙を通して置いた糊を、ろうけつ染めは溶かした蝋を、それぞれ防染の道具として使う。どれも生地の一部を物理的に覆い隠すことで、そこだけ染料をはじかせているという点では同じ発想の応用であり、使う素材と道具が違うだけで、生まれる模様の表情や制作にかかる手間はまったく異なるものになる。

括ってから染める――絞り染めの立体感と京鹿の子絞りの精緻さ

絞り染めは、糸で生地の一部をきつくくくり、そのまま染料に浸すことで、糸で覆われた部分だけを防染する技法である。日本書紀にはすでに絞り染めに関する最古とされる記録が残っており、少なくとも飛鳥・奈良時代には伝わっていたと考えられている。京都で発展した京鹿の子絞りは、京都府の資料によれば江戸時代の元禄期に最盛期を迎えたとされ、疋田絞りや一目絞りなど、一粒ずつ布をつまんで糸でくくる細かな括り技法によって独特の立体感と色の濃淡を生み出す。ひとりの職人が一種類の括り技法だけを専門に受け持ち、一粒ずつすべて手作業でくくって染め上げる工程は機械では代替できない手間の塊で、鹿の子絞りが古くから贅沢品として扱われてきた理由もこの手間の多さにある。生地を糸でくくって染めるという原理はどこの国にも見られる素朴な技法だが、括りの細かさと均一さを極限まで突き詰めた点に、京鹿の子絞りの独自性がある。

一枚の型紙が何十反も染め分ける、伊勢形紙という発明

型染めは、模様の形に切り抜いた型紙を生地に当て、その透かし穴から防染糊をへらで摺り込んでいく技法である。糊の乗った部分だけが染料をはじいて色が入らず、型紙を外して生地全体を染めれば、糊のかかっていた部分が模様として白く、あるいは色を差し分けた柄として浮かび上がる。この型紙づくりを支えてきたのが、三重県鈴鹿市周辺で作られる伊勢形紙で、起源には諸説あり定かではないものの、Wikipediaの伊勢形紙の項目によれば室町時代末期にはすでに生産が行われ、江戸時代には紀州藩の保護を受けて発展したという。美濃和紙を重ねて柿渋で貼り合わせた渋紙を台紙とし、錐彫り・道具彫り・突彫り・縞彫りといった彫刻刀の使い分けによって精緻な模様を彫り抜く技術は、1955年に重要無形文化財に指定されて6名が人間国宝として認定されたのち、1983年には伝統的工芸品にも指定されている。一枚の型紙があれば同じ柄を何十反も染め分けられるため、型染めは友禅染めや絞り染めに比べて量産に向いた技法として発展してきた。

蝋で防いで、蝋を落とす――ろうけつ染めがまとう偶然の表情

ろうけつ染めは、溶かした蝋を筆で生地に置いて防染し、染色したあとに湯で煮るなどして蝋を落とすことで模様を浮かび上がらせる技法である。Wikipediaのろうけつ染めの項目によれば、中国の新疆ウイグル自治区にある遺跡からは2世紀から3世紀ごろにはすでにこの技法が存在していた痕跡が見つかっており、日本へは奈良時代までに伝わって正倉院宝物にもその技法が確認できる、天平文化を代表する染色技法のひとつとされる。当時は纐纈・夾纈と並んで「三纈」と呼ばれる染色技法のひとつに数えられていた。ろうけつ染めならではの魅力は、乾いた蝋にわざとひびを入れてから染めることで、染料がそのひび割れにも染み込み、糸を引いたような細かい亀裂模様が生まれる点にある。これは職人が完全にはコントロールしきれない偶然の産物で、同じ図案を描いても二つと同じ表情にはならない。京友禅の中にもこの技法を取り入れた「蝋纈友禅」があり、防染の道具として蝋を使うという発想は、東南アジアのバティックなど世界各地の染色文化にも共通して見られる。

なぜ友禅染めは、絵のように自由な模様を描けるのか

友禅染めは、米糊を細い管から絞り出して模様の輪郭線に沿って置き、糸のように細い線で防染する「糸目糊」という技法によって、絵を描くように自由な模様を白生地に表現できるようにした染色法である。これが可能になったのは、括りや型紙のように模様の形そのものに制約を受けやすい絞り染め・型染めと違い、糸目糊なら筆で線を引く感覚で自在に輪郭を描けるからだ。京都市の資料によれば、この技法名は江戸前期の元禄年間に京都で人気を博した扇絵師・宮崎友禅斎の画風「友禅模様」に由来するとされる。ただし宮崎友禅斎自身が糸目糊の技法を発明したかどうかは資料上はっきりしておらず、友禅斎はあくまで人気の意匠画家であり、糊防染の技法を実際に完成させたのは別の職人だったとする説も研究者の間にはある。生みの親が誰であったにせよ、線そのものを自在に操れるようになったことで、友禅染めは他の防染技法にはない絵画的で写実的な模様表現を可能にし、それまでの染色の常識を塗り替える転換点になった。

技法を知ってから眺めると、一枚の着物の「手間」が見えてくる

友禅染めの糊、絞り染めの括り、型染めの型紙、ろうけつ染めの蝋。四つの技法はいずれも、染めたくない部分を何かで覆って守るという同じ原理に立ちながら、使う道具も、かかる手間も、生まれる模様の表情もまったく異なる方向に発展してきた。手描き友禅の一本の線、鹿の子絞りの一粒の括り、型紙の一つの透かし、蝋のひとすじのひび割れ。どれも一見すると小さな作業の積み重ねに過ぎないが、その積み重ねの違いこそが、着物の柄をこれほど多彩なものにしてきた背景だと言える。次に着物や帯を目にしたときは、色の境目がどんな方法で守られているのかを想像してみると、これまでとは違う見方ができるはずだ。技法の違いや手間のかけ方を知ったうえで箪笥の中を見直し、着る予定のないまま眠っている一枚に気づいたなら、着物買取という形で次の持ち主に引き継ぐことも検討してみてほしい。