祖母の簞笥から譲り受けた着物を広げてみると、普段着ている一枚とはまるで違う重みや光沢を放っていることがある。同じ着物でも、生地に使われている繊維によって手触りも扱い方も大きく異なるからだ。正絹、木綿、麻、ウール、そして化学繊維――着物の生地は時代ごとの技術や暮らしの事情を映しながら移り変わってきた。それぞれの素材がどう生まれ、なぜ主役の座を譲っていったのか、その歴史をたどってみたい。
絹はなぜ「着物の代名詞」になったのか
絹の起源は中国にあり、日本へは弥生時代にはすでに養蚕が伝わっていたとされ、魏志倭人伝にも桑の栽培や機織りに関する記述が残る。奈良時代には税として絹を納める国もあり、鎌倉時代には絹座という同業者組合まで存在した。それでも江戸時代初期までは高級な生糸の多くを輸入に頼っていたが、武士や町人のあいだで絹織物を身に着ける需要が高まったことを受け、幕府は国産糸の増産を後押しした。明治の開国後は生糸が輸出品の花形となり、1859年から1933年までの75年間、輸出総額の実に4割前後を生糸が占め続けたという記録も残る。絹の繊維は断面が三角形に近い形をしているため光を複雑に反射し、独特の光沢と滑らかな肌触りを生む。この特性こそが、絹が礼装から普段着まで幅広く「着物の代名詞」であり続けてきた理由といえる。もっとも当時の生糸は品質にばらつきが多く、国際的な評価を落としていたことから、明治政府は1872年に官営模範工場として富岡製糸場を設立し、器械製糸による品質向上と技術の全国普及を図った。
木綿が庶民の暮らしを一変させた江戸時代
木綿が日本にもたらされたのは799年、三河国に漂着した人物によってと伝わるが、このときの栽培は一年で途絶え、その後長らく明や朝鮮からの輸入に頼る高級品だった。連続的な栽培が始まったのは16世紀以降で、安土桃山時代には綿布の使用が全国に広がり、三河などで綿花栽培も始まった。江戸時代に入ると畿内を中心に綿花の大産地が各地に形成され、藩による栽培奨励策も後押しとなって急速に生産が拡大し、江戸の大伝馬町には木綿問屋が軒を連ねるようになった。丈夫で肌触りがよく吸湿性にも優れ、何より絹よりはるかに安価だったことから、木綿は浴衣や普段着、足袋、布団などあらゆる場面で庶民の必需品となり、それまで日常着の主役だった麻に取って代わっていった。
木綿以前、日常着を支えていた麻
木綿が普及する以前、庶民の衣料の中心を担っていたのは麻だった。ひとくちに麻といっても、着物に使われてきたのは主に苧麻(ラミー)と呼ばれる多年草で、大麻(ヘンプ)とは科も性質も異なる別の植物である。佐賀県の吉野ヶ里遺跡からは弥生時代の甕棺の中から絹とともにきめ細かい大麻布が発見されており、麻が古くから日本人の暮らしに根づいていたことがわかる。正倉院にも麻織物が多数収められ、927年の延喜式には天皇即位の大嘗祭に麻で織った麁服を献上する定めが記されるなど、麻は神事にも用いられる特別な素材だった。江戸時代には麻織りの技術がさらに高まり、上質なものは「上布」と呼ばれて幕府への献上品となった。なかでも越後上布や小千谷縮は夏の高級織物として広く知られるようになる。木綿の普及とともに麻は日常着の座を退いていったが、通気性のよさから現在も薄物の生地として夏物の着物や帯に使われ続けている。
大正の銘仙からウールへ、そして姿を消した経緯
明治に入り身分制度が撤廃されると、それまで絹織物を着ることが難しかった庶民のあいだにも絹物が広がっていった。なかでも屑繭を使った丈夫で安価な平織りの絹織物「銘仙」は、伊勢崎の呉服商らが色鮮やかな柄を開発したことをきっかけに大流行し、大正末期の調査では和服姿の女性のおよそ半数が銘仙を着ていたともいわれる。一方でウール(羊毛)が着物の生地として一般に使われるようになったのは主に戦後のことで、洗濯がしやすく扱いやすい日常着として銘仙に取って代わるように普及した。しかし高度経済成長期以降、洋装が日常着の主流になるとともにウールの着物も次第に姿を消していき、現在ではアンティーク着物や普段着として一部に残るのみとなっている。
化繊(ポリエステル)が「洗える着物」を可能にした
現在、普段使いの着物として広く流通しているポリエステルなどの化学繊維は、比較的新しい素材だ。日本では1957年に帝人と東レがイギリスの化学会社と技術導入契約を結んでポリエステルの製造技術を導入し、1958年から「テトロン」という名称で生産が始まった。当初は洋装向けの汎用繊維として急速に普及したが、その扱いやすさは着物にも応用され、自宅の洗濯機で洗える着物という新しい価値を生み出した。絹のような光沢や染めの発色を再現しながら、虫食いやシミの心配が少なく価格も抑えられるため、浴衣や普段着の着物、七五三や卒業式で一度だけ着る袴などにも幅広く使われている。一方で吸湿性や独特のしなやかさは天然繊維に一歩譲るとされ、フォーマルな場では今も正絹が選ばれることが多い。
素材によって何が変わるのか――手触り・お手入れ・見分け方
素材の違いは見た目や着心地だけでなく、日々の取り扱いにも直結する。正絹は水に弱く型崩れや縮み、色移りの原因になりやすいため専門店でのお手入れが基本となる一方、木綿や麻は比較的丈夫で家庭で洗えるものも多く、化学繊維は洗濯機で丸洗いできる製品がほとんどだ。素材を見分ける手がかりとしては、光にかざしたときの光沢の質感や、手のひらで握ったときの温かみ、しわの戻り方などが挙げられる。繊維をわずかに燃やして煙のにおいや燃えかすの状態を確かめるという昔ながらの方法も知られており、絹は髪の毛が焦げるようなにおいがして燃えかすが黒く丸まりやすく、木綿や麻は紙が燃えるようなにおいで灰がさらさらと残りやすいのに対し、ポリエステルは溶けながら燃えて冷えると硬い塊になる、といった違いがあるとされる。
素材を知ってから着物と向き合うということ
絹、木綿、麻、ウール、化繊という五つの素材は、それぞれが生まれた時代の技術や経済事情、暮らしの必要性を映しながら着物の生地として選ばれてきた。同じ「着物」という括りの中に、これほど異なる背景を持つ生地が共存しているのは、日本の衣文化が長い年月をかけて少しずつ姿を変えてきた証でもある。手持ちや譲り受けた着物がどの素材でできているかを知ると、これまで何気なく眺めていた一枚の見え方も変わってくるはずだ。素材や状態を確かめていくなかで、今後着る機会が見込めない着物が見つかった場合には、着物買取の専門店に相談し、次の持ち主へとつなぐことも一つの選択肢になるだろう。