半日も着物で過ごしていると、帯の下からもたついた布がじわじわとはみ出してくる。着付け教室ではたいてい、その布を帯の中に押し戻す直し方だけを教わり、そもそも「おはしょり」と呼ばれるこの折り返しが何のために存在し、いつからこの着方になったのかまでは説明されないことが多い。しかも男性の着物にはこの折り返し自体が存在せず、余分な布を抱えて着ているのは女性の着物だけなのだ。その理由を、江戸時代に定められたある物差しの規則までさかのぼってたどってみたい。

平安の「壺折」にたどる、おはしょりの祖先

平安時代の小袖や袿(うちき)は、裾を引きずるほどの長さに仕立てられているのが基本だった。ところが旅など身軽な動きが必要な場面では、女性は「壺装束」と呼ばれる装いを用い、着たものを腰のあたりでたくし上げて紐で固定する「壺折」という工夫を使っていたと伝わる。Wikipediaのおはしょりの項目によれば、この壺折こそがおはしょりの祖先ともいえる存在だという。また、手で裾をつまんで持ち上げる「褄取り」という所作自体はさらに古く、日本書紀にもすでに記述が見られるとされる。つまり、裾の長さを一時的に調整するという発想そのものは、着物の歴史のかなり早い段階から存在していたことになる。ただし当時はまだ、今のように帯の下に折り返しをあらかじめ仕立て込んでおくという発想ではなく、あくまで必要なときに手や紐でその場しのぎに持ち上げる所作にとどまっていた。

寛文4年、反物が二尺伸びた「物差し令」

江戸初期以前、男女とも着物の着丈は身長にほぼ合わせた「対丈」で仕立てられており、あらかじめ布を折り返しておく必要はなかった。この前提を大きく変えたのが、1664年(寛文4年)に出された「織物寸尺制」という規則である。Wikipediaのおはしょりの項目によれば、この制度によって反物はそれまでより2尺長く作ることが定められたという。なぜこの時期にこうした規則が敷かれたのか、その背景には諸説があってはっきりとは分かっていないが、いずれにせよ結果として、女性用の長着の着丈は身長に対して長くなり、そのまま着ると裾を引きずってしまう状態になった。それまで対丈で事足りていた着方に、突如として「2尺分の余り布をどう始末するか」という、新たな課題が生まれたわけである。

褄取り、抱え帯、しごき帯 ― 江戸の女性たちが試みた工夫

反物が伸びたことで生じた余り布を始末する方法として、江戸中期にはいくつものやり方が並行して試みられた。従来からの褄取りに加え、腰のあたりにもう一本帯を締めてその上に着物をたくし上げて留める「抱え帯」、細長い帯状の布を使って裾を持ち上げ、帯の外側で軽く結んで垂らす「しごき帯」、さらには帯をぐるぐると巻いたあと、その帯と帯のあいだから着物の生地を引き出して持ち上げるという方法まで、複数の工夫が同時期に使われていたことが分かっている。どの方法も見た目や仕立ての手間は異なるが、根っこにあるのは「伸びた着丈をどこかでたたんで始末する」という同じ課題への、それぞれ違う回答だったといえる。今のように一つの方法に統一されるまでには、こうした試行錯誤の時期があったことになる。

帯の位置が上がり、室内でも折り返すのが当たり前になった

江戸中期から後期にかけて、女性の帯は幅が広がり、着姿の中での存在感を増していった。それに伴って、もともとは外出時の一時的な工夫にすぎなかった裾の折り返しが、江戸後期になると室内で普段に着るときにも一般的なものとして定着していったとされる。褄取りやしごき帯のように、その都度手やもう一本の帯で持ち上げていた工夫が、着物そのものを最初から長めに仕立てておき、着るたびに帯の下で折りたたむという、今のおはしょりの形へと収斂していった流れが見えてくる。折り返しの具体的な方法や道具は時代とともに移り変わってきたが、「伸びた着丈を帯の下で始末する」という発想そのものは、寛文の物差し令から一貫して受け継がれてきたわけだ。

なぜ男性の着物には、おはしょりがないのか

ここまで見てきた変化は、女性用の長着だけに起きたものである。男性の着物は今も昔も対丈で仕立てられており、着丈をあらかじめ折り返しておく「おはしょり」という工程そのものが存在しない。その代わりに男性が用いてきたのが、「尻はしょり」「尻っぱしょり」「尻絡げ」などと呼ばれる方法だ。Wikipediaのおはしょりの項目によれば、これは前裾から後ろに向かって裾をすべてまくり上げ、一まとめにして帯の背中側に挟み込むというやり方だという。体の前でたたみ込んで留めるおはしょりに対し、尻はしょりは体の後ろでまとめて挟むだけという簡便さが特徴で、身動きの多い場面でも布がもたつきにくいという実用性が重視されたものと考えられている。武士や町人など日常的に体を動かす場面の多かった男性の装いには、女性の礼装的な着方のように余剰の布を体の前面に抱えるという発想自体が、あまりなじまなかったのだろう。

幅2寸、水平にまっすぐ ― 現代のおはしょりが担う役割

現代の着付けでは、おはしょりの幅はおよそ2寸、人差し指の長さほどを目安とし、下端は水平にまっすぐ、しわなく仕立てて整えるのがよいとされている。もっとも、この目安も時代によって変わってきたようで、Wikipediaのおはしょりの項目には1958年当時の記録として「7センチほど」が適切な幅とされていたとの記載もあり、今の目安とは少し幅の取り方が違っていたことがうかがえる。おはしょりが担っている役割は、単に着丈を調整するためだけではない。Wikipediaの和裁の項目にあるように、和裁は縫い代を切り落とさずに残し、後から仕立て直せるようにする設計思想を基本としており、生地の傷んだ部分を繰り回して仕立て直す際には、その傷みがおはしょりの内側の見えない位置にくるように配置するといった実用的な工夫にも、この折り返しは使われている。寸法の調整、見た目の美しさ、そして生地の保護。ひとつの折り返しが、これだけ複数の役目を同時に担っているわけだ。

「もたつき」ではなく、350年分の着方の積み重ね

平安の壺折という工夫にはじまり、寛文の物差し令をきっかけに広まった折り返し、そして江戸後期に室内でも定着していった今の着方――おはしょりという一つの布のたたみ込みには、数百年にわたる試行錯誤が重なっている。着付けの最中に帯の下からはみ出してくる布を、ただの着崩れとして押し込むだけでなく、その成り立ちを知っておくと、着物と向き合う時間そのものの見え方も少し変わってくるのではないだろうか。仕立て直しを前提にした直線裁ちの着物は、傷んだ部分を隠しながら何度でも形を変えられるからこそ、代々受け継がれてきた一枚が今もタンスの中で十分着られる状態のまま眠っていることも珍しくない。そうした着物をこの先どう活かすか迷ったときは、着物買取という選択肢も候補のひとつとして考えてみるとよいだろう。