6月1日になった途端、着物を着る人たちが一斉に袷から単衣へ切り替える――そんな几帳面な光景をイメージする人は多いが、この「6月1日・9月30日」という区切りが日本中に定着したのは、着物の長い歴史からすればごく最近、明治以降のことにすぎない。では江戸時代までは何を基準に衣替えをしていたのか。そして袷・単衣・薄物という三段階の着分けは、そもそも何が違うから生まれたのか。仕立てと生地の違いから、その理由を順にたどっていきたい。
旧暦の宮中行事だった「更衣」が、庶民の習慣になるまで
衣替えの起源は、平安時代の宮中行事にさかのぼる。中国の風習にならい、旧暦4月1日と10月1日に夏の装束と冬の装束を着替える行事が行われ、これを「更衣(こうい)」と呼んだ。もっとも、「更衣」という言葉は天皇の身の回りの世話をする女官の職名としても使われていたため、混同を避けるために民間では次第に「衣替え」という呼び方が定着していったという経緯がある。Wikipediaの衣替えの項目にもこの由来がまとめられている。宮中の年中行事として始まったものが、時代を経て庶民の暮らしにまで広がっていったわけだ。
江戸幕府が定めた、年に四回の衣替え
室町時代の有職故実書『年中恒例記』には、男性は4月1日から袷、5月5日から帷子(裏地のない麻の着物)、9月1日から再び袷、9月9日から綿入れの小袖へと切り替え、女性はこれとは異なる時期で衣替えをしていたとの記録が残る。この使い分けはさらに細分化され、江戸幕府は武家の制服について、4月1日から5月4日までは袷小袖、5月5日から8月晦日までは帷子、9月1日から9月8日までは再び袷、9月9日から翌年3月晦日までは綿入れの小袖を着るよう公式に規定した。国立国会図書館のレファレンス協同データベースによれば、この規定は『日本生活史辞典』にも記載されており、一般庶民もおおむねこれに従っていたとされる。年に四回、しかも旧暦基準で細かく衣替えの時期が決められていたことになる。
明治の改暦が生んだ「6月1日」というライン
現在おなじみの「6月1日から10月1日まで」という単純な二区分が生まれたのは、1873年(明治6年)に太陽暦が採用されたことがきっかけだった。政府は太陽暦の6月1日から9月30日までを夏服、10月1日から翌年5月31日までを冬服と定め、この基準がまず学生服に取り入れられた。その後、官公庁や企業、学校へと徐々に広がり、今日「衣替え」と聞いて誰もが思い浮かべる6月1日・10月1日のラインが社会全体に定着していった。つまり江戸時代までの細かな四区分が、明治の改暦を境に大きく簡略化されたということになる。呉服業界で今も使われている袷・単衣・薄物という着分けの目安も、この明治以降の枠組みをベースに、着物ならではの事情を加味して組み立てられたものだ。
なぜ袷・単衣・薄物という三段階に分かれているのか
現在の着物の季節区分は、おおむね10月から5月が袷、6月と9月が単衣、7月と8月が薄物という三段階になっている。この違いは柄や色ではなく、仕立てそのものの違いに根ざしている。袷は胴裏(内側の白い裏地)と八掛(裾回しの裏地)を付けて仕立てる二枚仕立ての着物で、裏地があることで保温性が増し、生地の落ち感や耐久性も高まる。単衣は裏地を付けない一枚仕立てで、縫い代を裏側に折り込んで始末する額縁仕立てなどの技法で仕上げる。裏地がない分、袷より軽く風通しがよいので、初夏や初秋のまだ暑さが残る時期に向く。薄物は単衣と同じく裏地のない一枚仕立てだが、使う生地そのものが絽や紗、上布のように織り目に隙間を作った透け感のある夏専用の生地で、体温がこもりやすい真夏の時期に涼を取るために着られる。つまり「裏地の有無」と「生地の透け感」という二つの軸の組み合わせが、三段階の着分けを生んでいるわけだ。
絽や紗はなぜ涼しいのか――もじり織りの仕組み
薄物の代表格である絽は、経糸を隣り合う糸と絡ませながら織る「綟り織(もじり織り)」という技法で作られる。Wikipediaの絽の項目によれば、これは横糸3本、5本、あるいは7本おきに経糸を2本交差させて織る方法で、この間隔の違いによって七本絽・五本絽・三本絽といった種類に分かれる。経糸を絡ませることで生地に規則的な隙間ができ、そこから風が抜けるために涼しく感じられる仕組みだ。絽は江戸時代に、同じくもじり織りで作られる紗を土台にして発展した織物とされ、通気性の高さから夏物の着物や帯、袋物などに広く使われてきた。産地としては大聖寺(石川県)、桐生(群馬県)、八王子(東京都)などが古くから知られている。単なる「薄い生地」ではなく、織り方の工夫によって意図的に隙間を作り出しているからこそ、薄物は真夏の着物として機能してきたわけだ。
現在の目安と、気候に合わせて緩やかになっている考え方
今の呉服業界で語られる「10月から5月は袷、6月と9月は単衣、7月と8月は薄物」という区分は、法律や公的機関が定めた厳格な規則ではなく、明治以降の暦の区切りを土台にした慣習的な目安にすぎない。だからこそ、この目安をどこまで厳密に守るべきかは昔から議論の的になってきた。実際、真夏日が5月や10月にまで及ぶ年も珍しくなくなった近年は、着用する時期の目安よりも当日の気温や体感を優先し、5月でも暑ければ単衣を早めに着る、9月でも残暑が厳しければ薄物を長めに着るといった、柔軟な考え方をする人も増えてきている。もっとも、フォーマルな式典など格式が重んじられる場では従来の目安通りに袷を選ぶ方が無難とされる場面も残っており、普段着として楽しむ場面と、格を意識すべき場面とで基準を使い分けるのが現実的な折り合い方だといえるだろう。
仕立ての違いを知ると、手持ちの着物の見方が変わる
衣替えのルールというと単なる暦上の決まりごとのように思えるが、こうして歴史をたどってみると、旧暦の宮中行事から江戸幕府の四区分、明治の改暦を経て現在の三段階へと、時代ごとの生活様式の変化に合わせて少しずつ姿を変えてきたことが見えてくる。袷か単衣か、あるいは薄物かを見分けられるようになると、手持ちの着物や譲り受けた着物を眺めたときに、それがどの季節向けに仕立てられたものかが分かるようになり、簞笥の中の一枚一枚への理解も深まるはずだ。もし整理の過程で仕立てや状態から着る機会が少ないと分かった着物が見つかったなら、着物買取の専門店に一度相談し、状態や価値を確かめてみるのも一つの方法だ。