神田明神の大神輿と「平将門」の恩恵と魅力

江戸時代で最も古い社の1つとされる神田明神で開催される「神田祭」は、お住まいの地域や考え方によって含まれる場合と含まれないが有りますが、「日本三大祭」「江戸三大祭」として有名です。

残り2つの「祇園祭」「天神祭」が有名ですが、残り1つは、「ねぶた祭」や「博多どんたく港まつり」と言う方も居られます。

 

特に「社会人男性」「独立起業」「社長」「管理職」の方からの信頼が高く、「仕事運」「商売運」「勝負運」等が目的で来られる方が多いです。

「関ヶ原の戦い」で勝利する為に、徳川家康らが利用した事でも有名で、戦の後、徳川家康自ら継続するように命令しました。

 

神田明神敷地内には、国の「登録有形文化財」が「本殿」「西門」を含め、8か所も有ります。

 

神田明神の大神輿の魅力

神田祭は、毎年5月上旬の7日頃から5月中旬の15日頃の9日間にかけて開催され、「例大祭」は15日頃を予定し、朝9時頃から夜19時頃まで開催されています。

例大祭が行われる5月15日は、徳川家康が「関ヶ原の戦い」で勝利した日でもあります。

 

神田明神の大神輿は、「神田明神」→「神田郵便局」→「平将門の首塚」→「今川橋」→「住友ビル」→「社殿前」を予定しており、「神興宮入」「平将門の首塚」の「奉幣の儀(ほうへいのぎ)」「斉行(さいこう)」が有名です。

もし、大神輿をご覧になられる場合は、是非、極彩色の「鳳凰」を観て頂きたいです。

 

神輿の数も最大級とも言え、200以上の神輿を楽しむ事が出来る事でも有名です。

 

神田明神と平将門

歴史に明るく、信心深い方の中には、「成田山新勝寺」にお参りした後、「神田明神」にお参りはしないと言う方も居られ、加護が落ちてしまう為、「成田山新勝寺」自体に近づかないと言う方も多い位です。

理由は、神田明神は平将門を勝負の神として実質「主神」として奉り、成田山新勝寺の「御護摩祈祷(おごまきとう)」は、平将門滅亡に繋がる要因と言う説が有るからです。

 

神田明神自体が「鬼門」に位置します。

 

神田明神と平将門の関係

神田明神は、1309年頃に「平将門」を供養し、「相殿神(あいどのしん)」として奉り、必勝祈願の神として有名です。

「相殿神」とは、主神を含め、複数の神を奉っていると言う意味が有り、神田明神には平将門の他に、「大巳貴命(おおなむちのみこと)」「少彦名命(すくなひこなのみこと)」を奉っています。

 

ちなみに、大巳貴命は「大黒」、少彦名命は「恵比寿」です。

神田神社の参拝時間とパワースポットの実力」の記事も参考にしてみて下さい。