請戸田植え踊りの現状と試み、山形との違い

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請戸田植え踊りの現状と試み、山形との違い

請戸(うけど)田植え踊りは、2011年の東日本大震災によって深刻な影響を受けてしまい、開催されていた神社や周辺の地域は、壊滅的な被害を受けてしまいました。

場所は、「福島県双葉郡浪江町請戸」で開催されており、請戸田植え踊りに使用された衣装な道具等も流されてしまいました。

 

当時、「故郷」を失い、様々な場所に避難してバラバラになってしまった請戸市民の方々を引き合わせてくれたのは、「請戸田植え踊り」だと言われています。

非常に辛い事ですが、現在でも福島県双葉郡浪江町周辺には、立ち入る事が出来ず、住民の方にとっては耐えるしか無い日々が続きます。

 

請戸田植え踊りは、300年以上の歴史が有り、現時点では、福島県南相馬市原町区大木戸字金場に存在する「南相葉ジャスモール」で開催されている「ふるさとの祭り」で観る事が出来ます。

最近では、各被災地への「励まし」「復興」「少しでも現状を知って貰う為」等、踊りての方の強い「責任感」「誇り」「郷土愛」によって継続出来ている状態だと言われています。

 

浪江町以外の方への伝承等も積極的に行われており、個人的には、その周辺地域の方の前向きな気持ちや姿勢、取り組みを知ると、本当に尊敬しますし、感動しました。

 

請戸田植え踊り

農業や農作物、海に関連する氏神「安波様」を信仰するお祭りです。

大変な不作に見舞われた当時、村民の方が「安波様」が奉られている神社で田植え踊りを行い、その年は豊作になった事が「請戸田植え踊り」の始まりだと言われています。

 

状況が状況だけに、このように非常に素晴らしい伝統芸能が「失われてしまう事」「忘れられてしまう事」「後世に伝えられない事」等が危惧されています。

 

山形の田植え踊りとの違い

「2列並び」「3列並び」が存在し、基本的に前列が男性(男衆)、後列が女性(早乙女)が有り、当時は男性が女性(早乙女)を演じている場合が多かったようです。

 

最近では、女性が女性(早乙女)を演じている田植え踊りも増えて来ましたが、担い手不足が問題になって来ています。

よく、山形は、「テデ棒系田植え踊り(エンブリ系田植え踊り)」「やじゅうろう系田植え踊り」に分かれると言われていますが、大半は、「テデ棒系田植え踊り」です。

 

「やじゅうろう系田植え踊り」は少なく、「寒河江市」「西村山」でのみ伝えられていると言われています。

山形県の田植え踊りは、40組以上存在し、山形市の田植え踊りを守る組合は、10組以上存在し、名実共に日本一だと言われています。

 

田植え踊り(岩手)の由来と目的、素晴らしさ」の記事も参考にしてみて下さい。

 

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